『新撰21』を読む(前編)
堂: こんにちは。
五: こんにちは。
堂: 初夏ですね。短歌行です。
五: 今日は横浜から3駅、黄金町に来ています。
堂: 黄金町。すごい名前ですね。なんか変わった町ですね。
五: 今はそれなりに小奇麗な町になっているけど、一昔前は相当治安の悪い町だったんですよ。それこそ夜に一人で出歩けないような。
堂: いわゆる「ちょんの間」という売春のお店がたくさんある、青線地帯だったとか。今も風俗店とか多いですしね。しかも大通りに堂々とあります。
五: 4,5歳のときだから、1980年代の黄金町に来たことがあります。誰かの家に珍しいサルがいっぱいいるというのでそれを見に。僕は横須賀の田舎から来たので、なんかすごいカラフルな町に来たなあと。すごい強い印象が残っています。
堂: 猿はどんなサルだったんですか?
五: メガネザルみたいな小さいサルがいっぱいいましたね。たぶん外国から連れてきたような。かわいいから触りたかったんだけど、「あぶないから触るな」って言われて悲しかったなあ。
堂: へえー。しかし、珍しい猿を人の家に見に行くってすごい思い出ですね。悪夢っぽい。黄金町にぴったりだなあ。
五: そうそう。
堂: 昔はそんな感じだったんですね。しかし、さっき散歩したら商店街、面白かったですね。
五: コロッケ30円だったね!
堂: よい意味での昭和の商店街でした。すばらしい。お惣菜とか、魚とかおいしそうだったな。太刀魚が5尾で1000円でしたね。あと、子供が超真剣な顔で車えびが泳いでるのを見てた。
五: 堪能しましたね。天気もよいし、最高。
堂: 商店街最高。
五: 最高。
堂: では、そろそろ始めましょうか。
五: はい。今日は僕の友人が一日店長をしているカフェの2階からお送りします。
堂: 実はさっきの散歩はお手伝いの買出しでした。
五: では今日のテーマは、「『新撰21』を読む」です。
堂: 先日出版された、若手の俳句アンソロジーですね。
五: 最近俳句の若手が元気だという話が方々から聞こえてくるので、俳句を取り上げたいと思っていたんだよね。
堂: で、よいタイミングで出た『新撰21』を読んだら面白かったから、短歌行で取り上げようとなったんです。
五: 俳句行だね。
堂: 我々は俳句は門外漢なので、どういうふうに読んだらいいか、正直、短歌ほどは分からないです。俳句の勘所がどこか、いまいち自信はない。
五: そうだね。ちょっと分からないところがある。先行作品の影響とか。
堂: ただ、いつものようにひとつひとつの作品に触れていけば何か分かってくるかなと思います。
五: ですね。
堂: 自信はないけど。
五: 頓珍漢なことを言うと思いますが、そのときは優しく教えていただけるとうれしいです。でも歳時記って面白いよね、変った言葉がいっぱいあるし。子供のころ、遊びに行くより祖父の歳時記を読んでたほうが面白いなあと思ってたぐらいだからね。
堂: へえ。相変わらず変な子供っぷりですね。じゃあ始めましょう。
五: はい。いつものように全員分やります。本のアタマから順番に一人ずつ取り上げましょう。
堂: では一人目。越智友亮さんです。どうでしたか、五島さん。
五: 好きな句をいくつか挙げると、
- 暇だから宿題をする蝉しぐれ
- 草の実や女子とふつうに話せない
- 重力が人にほどよしハンモック
あたりです。一句目、夏休みの宿題と蝉しぐれの取り合わせはとてもベタなんだけれど、だからといって悪いとは言えないのが不思議なところです。「暇だから」あたりに時間を湯水のように浪費できるという夏休み特有の気だるさがよく出ている。
堂: 「暇だから」はかまえたところのない言葉ですね。だからこそ出ている気だるさだ。
五: かまえたところが無いだけに個性っていうよりも万人の持っている観念にアクセスできる。それを極端にすると、
- 通学の電車とバスと桜かな
になる。これは読んでいてのけ反りましたね。びっくりした。これでいいのかあって。
堂: うん。言いたいこと分かります。
五: これにOKを出すのか出さないのかにとっても興味がある。堂園くん。
堂: うーん……、そうだなあ、うーん、うん……。出さないね。やはり。
五: なんで?
堂: のけ反る感じも分かりますし、好感を持って読んだけど、心の喜びは感じなかったかな、自分でよく考えたら。一読したときはこの句はスルーしちゃったし。
五: 個性とか表現意識みたいなものを求めるとそうなるよね。僕も悩む。OKを出すかどうか。
堂: 悩むよ。
五: でも、僕はこの句を読んだときに心の喜びはあったよ。だから僕はこの句にはOKを出します。
堂: そうかー。僕はなかったなあ。
五: これぞまさに通学だなあって。
堂: ただ、この句はさっき五島さんが言ったみたいに、「極端にすると」だと思うんだ。その「極端」には僕は反応できなかったけど、さっき五島さんが挙げた「重力が人にほどよしハンモック」は好きですね。重力→ハンモックの流れは素直だと思うけれど、その力みのなさが、非常に緩やかな雰囲気を出している。いいなあと思った。
五: うんうん。
堂: 僕は他に、
- 地球よし蜜柑のへこみ具合よし
が好きだったなあ。「地球よし」という大きい肯定が気持ちいい。
五: 僕も印つけた。ただ「地球」はどうかなあ、ちょっと構図っぽすぎるような気もする。
堂: うーん、まあね。確かに。
五: 全体的にはどうだった?
堂: 一連を読んでて自然に好感を抱きました。嫌みなところがない。読者に反感を抱かせないなー、と。そういうところが個性なんでしょうね。
五: あと季語の力を生かしているところもいいと思った。さっき挙げた「草の実や女子とふつうに話せない」の「草の実」とか効いているよね。季節感と心の萎縮した感じの取り合わせ。
堂: 「草の実」のちっちゃい感じね。
五: はい。では越智友亮さんはこれくらいで。次は藤田哲史さんです。
堂: では今度は僕が良いと思った句を。
- ペンギンの飛び込むに岩濡れて秋
- めつむれる木乃伊に展示室涼し
- 紐あれば結界となる秋の暮
一句目は目の付け所が面白い。二句目は木乃伊の存在感かな。ミイラって展示室にデンとある感じだし、ミイラに対面したときに、細かいディティールを観察するよりも、なぜかこの部屋寒いなーとか、そっちを思ってしまうのは、なんか記憶にあるな、と。三句目は渋い感じが好きです。秋の暮も効いていると思う。
五: じゃあ、僕も。
- 三人が傾きボブスレー曲がる
- 海に沈め泡盛醸す快楽かな
- 御所の警備かつては弓や猫じやらし
- 粉わさび醤油に溶かす帰省かな
あ、四つになってしまった。一句目、ちょっとコミカルで楽しい。力感がよく出ているし言葉に無駄がないと感じます。二句目~四句目もなんとなくユーモラス。この四句にはなんとなく共通点があります。
堂: そうですね。ユーモアがあって、ちょっとズレてる。で、そのユーモアが、少しの豊かさにつながるのがよいなあ、と。バーっと世界が広がる感じではないけど、ちょっと広がるんだよね。世界が。「御所の警備かつては弓や」と言われると、ちょっと世界が開く。ピョッと。ちょと。
五: 何度も「ちょっと」と言ったね。
堂: いや、この「ちょっと」がけっこう大事かなと思って。
五: 若いのに粋だよね。あんまりきっちり作りすぎず、主張しすぎず一歩引いた地点から言葉を出している感じが出ている句が僕の好みかな。
堂: 「三人が傾きボブスレー曲がる」は五島さん好きそうとなんとなく思った(笑)。
五: うん好き。堂園くんの挙げた「紐あれば結界となる秋の暮」も好きです。「結界となる」で句の焦点がぐっと絞れている。でも一句目の「濡れて秋」はどうかなあ。「秋」が取って付けたような感じもする。
堂: それは僕も少し感じました。
五: ちょっと気になる。
堂: はい。では、次は山口優夢さん。
五: ダイナミックな句が結構あるなと思いました。
- 三十三間堂中が冴返る
- 曇天の下を雲飛ぶまむし草
特に二句目は「まむし草」の不気味な感じが天気の不安定な感じと合っている。
- 目のふちが世界のふちや花粉症
も好き。花粉症で目がはれて、視界が狭くなってっていうような連想が働く。近すぎず遠すぎない「花粉症」はいい気がします。
堂: 僕は
- 水温むかがやきやすき若白髪
- 心臓はひかりを知らず雪解川
- あぢさゐはすべて残像ではないか
あたりが好きです。全体的に頭がよいというか頭のよさを恃みにしている印象。それがダイナミックさにつながるから、観念性が強いのかな、と思いました。
五: 「かがやきやすき若白髪」はいいよね。百句読んでいくと、文体にはかなり幅がある感じがして、悪く言うとブレのようでもあると思うんですけど、その分思い切った文体を使ったりしていますよね。
堂: たとえば?
五:
- 小鳥来る次にからすがやって来る
とか。同じ山口さんに
- 真っ白な塔あり長き晩年あり
というのもあって、文体の違いが面白いなと思いました。この二句だと上のほうがいいかな。
堂: どちらかといえば、僕は下のほうがいいかな。まっすぐ立っている塔のイメージが、ある人の晩年の長さにかかってくる。塔のイメージから、その人が自身にプライドを持っていることが分かる。その象徴のさせ方がなるほどなと。
五: でも、ちょっと理が勝るような。上のほうがしなやかな感じがする。「小鳥」と「からす」ってくくりが小鳥の方が大きくて具体性がないですよね。すずめとかめじろとか、とにかく小さい鳥っていう意識。ある意味適当なくくりです。だから意識の上で「からす」に大きな比重がかかっているのが分かって、なんだかリアリティがあるんです。「からす」って存在感あるじゃないですか。「げ、からすだ」とか「お、からすだ」とか思いますよ。目に入ると。
堂: 二句目の理が勝るのも、分ります。ただ、そう言えば「小鳥来るつぎにからすがやって来る」も実感というよりも、十分観念的ではないかな。この句は
- ビルは更地に更地はビルに白日傘
と同じような感じがする。どういうことかというと、実際に小鳥とからすを見た驚きというより、「物事は連続するんだなあ」という観念を表している気がする。もっと抽象的な世界の把握だと思う。
五: はー、なるほどね。そうかも。面白いね。
堂: 山口さんはたぶん観念につながりやすいというか、ダイナミックが好きなんだと思う。さっきも言ったけど。
五: ダイナミックフェチなのかもね。「小鳥来る」が観念性に抜けるのは分る。「からすがやって来た」じゃないし、実際に見ているとは限らないからね。でも、からすの存在感、質感、を通路にして観念性に抜ける。そこにリアリティーが生まれているような気がします。「塔」の句は通路がなくてはじめから観念的なので、理が勝る感じがするんだと思う。
堂: うーん、そうかもね。
五: あ、あと、
- マフラーの中の眠りと目覚めかな
も好きな句です。時間的なダイナミズムがあるよね。
堂: おおなるほど。このダイナミックさは、ぜひもっと先鋭化させていって欲しいですね。我々はダイナミック、大好きなので。では次に、佐藤文香さんですね。
五: はい。まず作句信条がいいね。「俳句ラブ」。
堂: ラブ。
五: 「それも本気で。」で改行して一行空いて、「俳句ラブ。あなたも。」と飛ぶのがレトリカル。
堂: うん。
五: 「俳句ラブ」は俳句本当に好きなんだなあ、と思うし、さらに「あなたも。」と言われると、もしかすると僕も俳句好きだったかもと思ってしまう。
堂: 俳句好きだったんだよ、たぶん。
五: たぶんね。
堂: じゃあ、僕の好きな句を挙げると、
- かたまりの雲が遠くにある花野
- あけがたの詩集に頁毎(ページごと)の冷え
- 知らない町の吹雪のなかは知っている
ですね。
五: 「かたまりの雲が遠くにある花野」、良いですよね。広々としてて。
- うづくまれば小さくなるなり花野原
も逆説的に広さを感じさせます。
堂: あ、それもいいと思った。二句目も手触りがあって好きですね。三句目はどうですか、五島さん。
五: うーん、これはあまり好きではないです。吹雪を出せば全部初期状態。だからどこも同じっていうのは……。
堂: たしかに。でも、この句を読んだときに、なるほどな、とすごく思ったし、あらゆる町の吹雪のなかは知っているという思うと、自分が広がる感覚があると思います。
五: 「知っている」と言い切る感じがたくましいと思うけど、連想として、吹雪で全部帳消しになって、その帳消しの場所はすべての根源みたいな場所であり、一番はじめに私もいた場所だから、だから知っているっていう風に読めてしまった。僕の好きな句は、
- 梅雨晴の広告塔を母と思う
- 国破れて三階で見る大花火
- 嗚呼(ああ)夏のやうな飛行機水澄めり
- 祭まで駆けて祭を駆けぬけて
- 風はもう冷たくない乾いてもいない
などです。全体的に言葉ひとつひとつが強くてたくましいと思いました。そのことと微妙にリンクするんですけど、二句目、国がなくなっても花火は上がっているだろうって、心のどこかがどっしり落ち着いている感じが何か分かる。
堂: 説得されるなあ。言葉が強い。でもギクシャクしていないところがうまい。
五: 奇妙に落ち着いている。
堂: 三句目、いいですね。さわやかで。
五: 五句目は評価は難しいですけど、確信を持って言っているのが伝わってきます。それから、
- 秋草の渦巻(うずま)くことも人の家
っていう句、「人の家」という落とし方がなんとなくレトロ(?)で渋いんだけど、「渦巻く」が強い。ここが現代のひとつの言葉の様相かなと思った。
堂: どういうこと?
五: 前衛っていうモードでもなく、かといって客観写生とか、あくまで生活に寄り添うのでもない行き方っていう感じ。レトロと強さが両立する感じっていうのかな。うまく言えないけど。
堂: ふむ。佐藤さんは、たくましさが特長な気がしますね。では次は、谷雄介さんです。
五: 挙げます。
- 奥山に曙光いたれり鳥兜
- 田楽のぶつかつてゐる皿の上
- 一本の柱を崇め夏休み
一句目、何か花札みたいな絵柄だなあとまず思います。奥山とか、フェイクっぽいですよね。そう思うと、鳥兜の、紫の花や毒がやっぱり何かフェイクっぽくて結構決まっているなあという驚きがありました。二句目、田楽のぷりぷりだけ取り出していて面白い。三句目は宗教ごっこ。全体的にフェイクなトーンは共通です。
堂: フェイク。たしかに。他の句にも、全体的にそういう雰囲気ありますね。僕の好きな句は、
- 冬の暮おほきな穴を掘りたくなる
- 大いなる椿となりし椿かな
- 焼跡より出てくるテスト全部満点
とかかな。フェイクともつながるけど、一連に「無意味の意味」みたいな姿勢があって、一句目なんかそれが顕著かな。それはとても俳句的ではないか。二句目も椿は椿のままだけど、こう詠むと椿のままでどんどん巨大化していくような。三句目もよく分かんないけどおっかない。
五: うん、椿の句は「大いなる」と面白がって言ってしまうところが逆に信仰の無さを表している感じがしますよね。
堂: そうだね。この感覚は短歌の若手で言うと、「町」の吉岡太朗さんとか、望月裕二郎さんを思い出しますね。以前の回でやったけど。
五: 分かるなあ。世代で言うと、25歳くらいから下。それも男子。もちろんその世代全員が全員こうではないですけど。特徴が出ている。
- 扇もて水を運んでゐたりけり
- 屏風もて運ぶ草生す屍かな
のセットには笑ってしまいましたけど、自分の部屋の中で遊んでいる。
堂: うん。自分の部屋の中だね。
五: でも笑ってしまったからにはやっぱり外に通じるものはあるんだと思います。
堂: 笑ったら負けですよ。
五: 負けました。(と句に向かって頭を下げる)
堂: あと、
- ヤクルトレディに蜜柑をぶつける未来の遊び
も笑いました。ただ、なんていうか、「小劇場感」というか、そういう感じがどうもなあ。小劇場でなにが悪いのか、と言われると、別に悪くないけど、どっか楽屋落ちというか、横を見てニヤリというか、もっと大きなものが見たくなる。読んでると。
五: そうだね。でも、「田楽のぶつかつてゐる皿の上」とか言えるのがいいよね。
堂: それは本当にそうで、季語の強さ、俳句の強さだと思うけど、この「田楽」はなんてことのない言葉だけど、それでも歴史を背負っている言葉で、谷さんが自分でコントロールしきれない部分のある言葉だと思う。俳句を作るとそうした言葉を含まなくてはいけないところが、言葉全体の複雑さを増している。全部自分の中から言葉を出していくと、だんだんつらくなってしまう気がする。こういう作風だと。
五: では次に外山一機さんです。
堂: 好きな句を挙げます。
- 母訪へばあまたの柘榴裂かれたる
- 妹二人頻り蹴りあふ冷夏かな
- 神父らの弱き野球やかきつばた
などです。特に二句目かな。ちっちゃい子がはしゃいでるところ。「冷夏」もよい。「猛暑」だとダメで、やっぱり少しひんやりしたイメージがここで効いていると思う。
五: 二句目、僕もいいと思います。それ以外には、
- 川はきつねがばけたすがたで秋雨くる
- 物売りの胸があかるし雨蛙
- よくふえる兎をもらふクリスマス
あたりが好きかな。
堂: 奇想、イメージの句が多いですね。そして、
- 梨を落とすよ見たいなら見てもいゝけど
- よもつひらさかそこは三杯酢がいるの
- バスタブ洗ひつつ人参の自生が怖い
など、ちょっとずらした句が目立ちます。こうした句は笑うのか笑わないのか、読んだ人が微妙な表情になる句だと思うけど、そういう風になんともいえないところに人の思考を持っていく、現実をずらすことがやりたいのかな。
五: そうだと思う。ちょっと気持ち悪くなるような微妙な路線の句が多いですよね。
堂: ただ、そのずらし方がちょっとピンと来ないというか、「三杯酢、うーん……」、「人参……、分かるけど……」と、ちょっとためらってしまう。たぶん、そういうギリギリを狙ってるはずだから、こっちの俳句感度が鈍いかもしれないですが。
五: 句で説得しようっていうよりも、読者の頭にふわっと奇妙なスライドを映写するという感じ。「川はきつねがばけたすがたで秋雨くる」だと、川がきつねだったら秋雨の雨つぶはきつねに降っている。じゃあ雨つぶがまざった川はやっぱり全体がきつねなのか、っていう風にどんどん連想が浮遊していく。そういう味わいのぼかし方が持ち味かも知れませんね。
堂: そうですね。では次に神野紗希さんです。
五: 好きな句は、
- トンネル長いね草餅を半分こ
- 今鮎が跳ねたと言って立ち上がる
- 明け方の雪を裸足で見ていたる
- 涼しさのこの木まだまだ大きくなる
などです。全体にサービス精神を強く感じます。それから、良いと思った句には、健やかさがある気がして四句目なんか特にそう思うんだけど、自然の事象に対してとても伸びやかな反応をしていて、そこがいいと思います。
堂: 僕も一句目、とても好きです。他には、
- 白鳥座みつあみを賭けてもいいよ
- 管のどこ切っても円や春眠し
とかが好き。「白鳥座みつあみを賭けてもいいよ」もサービス精神かつ、さわやかでいい。
五: あ、それもいいですよね。
堂: 同時に、一連に「管のどこ切っても円や春眠し」みたいなのもあるのもよくて、幅の広さを感じます。
五: サービス精神っていうところでは、短歌では永田紅さんの『日輪』を思い出します。
- ああ君が遠いよ月夜 下敷きを挟んだままのノート硬くて
とか。あと、神野さんの俳句では月や星が普通に輝いているのがいい。
- コンビニのおでんが好きで星きれい
などですね。何か文学趣味が昂じると月や星が意味を持ち始めるじゃないですか。それが嫌みだったりするけど、それがない。
堂: ないね。それはかなり珍しいような気が。健やかさはあとから身につけられないものですしね。
五: いや、それはあとからでも身につく可能性はあると思う。実感として。
堂: そうかなー、うーん。
五: ほかにも、
- 釘は木を衰えさせて天の川
とか、好きな句が多かったです。というところで、三分の一終了ですか。もうすっかり辺りは暗くなってしまいましたね。今回は、前編ということで、ここらへんでしめますか。
堂: しめましょう、しめましょう。またやりましょう!
五: そうしましょう。ふー、つかれたね。
堂: つかれたけど、面白かったですね。
五: 俳句いいねー。
堂: いいですねー。ところで、お手伝いしているお店は、いつのまにやら繁盛してますね。われわれは何にもしなかったですけど。
五: でも僕はたまに皿洗いとかしたよ、収録しながら。あと、僕の作ったピクルスも出してるし。
堂: ああ、あのピクルスは美味い。
五: まあでも他のお客さんに不気味がられていたね。
堂: いたね。ずっと2階の片隅にいたからね。「歌人なんですよー」とスタッフの方に気を使って紹介してもらったけど、確実に「歌人って何だろう……」と思われていたはず。
五: ご迷惑おかけしました。お世話になりました。じゃあ、さっきの商店街にもんじゃ焼でも食いに行きますか。あんまり居ると邪魔だからね。
堂: いいですね、もんじゃ。アッパーな食い物だよね。行きましょう、行きましょう。
五: では、「アッパーな食べ物しりとり」をしながら行こう。「ビール」。はい、堂園くん、「る」。
堂: いきなり「る」!? えーと……。
五: る。
堂: る、ルイボスティー……。
五: ぜんぜんアッパーじゃないよ。
堂: そうかなあ。
五: では、皆さん「『新撰21』を読む」、次回、めくるめく中編をお楽しみに!
堂: お楽しみに! いつになるかは未定です!
五: なるべく急ぎましょう。では、お疲れ様です。
堂: お疲れです。
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